趣味について
~高齢社会を生き抜くために~
クリニックの植松さんから示されたテーマは、先ず「趣味について」。私の悪い癖で、ひとまず「趣味」とは、と『広辞苑』に当ってみると、
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(1) 感興をさそう状態
(2) 美的な感覚のもち方
(3) 専門家としてでなく楽しみとしてする事柄
とある。(3)がどうやらこの場合に当るようだ。ところがついでに英語やフランス語の辞書を引くとこれがなんと、口や舌、食べ物や飲み物に寄せる好みというのが主になっている。例えばフランス語の趣味(グー)にはまず味覚、味、とあり、その後に意欲を起こさせる魅力、粋、上品さ、審美眼など。また、それらの語源は、触れるとか、感じるという言葉から来ているらしい。僅かに後のほうに、個人の暇な時間や仕事の合間に熱中ないし追及出来る主題、というのが挙げられている。これが今問題の「趣味」に該当しよう。なお、英語には他にホビーという語もあるがこれは道楽という感触のほうが強く、これの語源はどうも競馬と縁がありそうである。蛇足ながら、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語もみなフランス語と共通した意味を持っていて、どちらかと言えば食べるほうに重点があるみたい。
これらの散策の間に私が注目したことは、『広辞苑』の②にあるように、またフランス語にもあったが「美」とか「粋」とかが一つの要素になっていることと、なにか意欲を起こさせるものがあること、が「趣味」に含まれていることだ。
さて、これくらいで、本論の高齢社会を生き抜くために、「趣味」はどんな役割を持てるのだろうか。難しく考えればきりのないことだろうが、上に掲げたように、時間も忘れ熱中出来るものはないか、それがここに言う「趣味」に、さらには「高齢社会を生き抜く」道につながるのではないだろうか。私はそう思う。そのいい例が身近にある。お世話になってるから、と思われると心外だが、我らの大頭先生ご夫妻がまさにそう。そして、お前は?と聞かれると困るのだが、現在のところ、私は日本の古典文学に熱中している。
その結果、時々クリニック待合室のマガジンラックに乗せて頂いている「文学圏」という短歌の月刊雑誌に「万葉の周辺」という記事を連載しているので興味のおありの方はご覧、ご批判下されば幸いである。そしてあえて言えば最初に並べたように言葉と遊ぶこと。目の不自由なのが難点だが、私のレジャー・タイムは『源氏』や『万葉』に集中している。終わりのない旅に出たようなものだが、私の棺にはそれらの文庫本と眼鏡を入れてくれるよう、毎年正月に更新する手製の遺書には記している。
また「趣味」と言っていいかどうかわからないが、これに付け足すとすれば、出来るだけ毎日歩くこと、迷惑にならぬようにしながら人と喋り合うこと(これには大頭先生との会話も含まれるし、先生を信頼することも含めて。私は先生に死亡診断書を書いていただく予約をしている積りだが)ぐらいだろうか。もっといろいろいいプランやアイディアをお持ちの方がきっと多くいらっしゃると思う。この際機会があればお教えいただきたい。また、このクリニックにはご承知のように、かな習字や川柳、手話、パソコンや英会話の教室があることもこの際付け加えておこう。
最後に埋め草として、「趣味」に関する諺をひとつ。
☆ 趣味を説明することはできない
これは、「蓼食う虫も好き好き」と同じ意味で、人にはいろいろの趣味があり、その善悪や好悪を安易にいうことはできない、と言うこと。英語にも同じ諺がある。
| まず佐藤さんのテーマのとらえ方が面白いですね。 「趣味」について、「広辞苑」で調べてから検討を開始するというスタイルに、独特のものがありますね。 そして(3)から「楽しみ」という特質をまず基礎的な考え方にすえて、さらに②の美的感覚という概念で味付けをされましたね。「万葉の世界」についてどんどんご披露して下さいね。よろしくお願いします。 (大頭) |



