だいとう循環器クリニック

花みずき

「花みずき」 川崎医療福祉大学に記念植樹さる
-梅津君がとり結ぶ輪(リンク)-



院長 大頭信義

 去る3月13日日に、川崎医療福祉大学のキャンパス内に、3メートルを越える立派な「花みずき」が植樹されました。 これは、私たちのクリニックの友人であり、患者であった梅津知之君の突然の死を惜しむ大学の人々の篤志によるものした。

 梅津君は、先天性の心疾患を持っていました。単心室、共通房室弁などを含むチアノーゼ型複合心奇形があり、現代医学を適用しても外科手術はとても困難なために、手術をしないで保存的に生活全般のケアに注意を払っていくという治療方針を選んできました。小学校時代は、お母さんが学校まで送迎し、体育は参加できずに教室から見学という状態で過ごしました。学校の先生方には進級のたびに生活全般の相談に乗っていただき、特別の配慮をお願いしながら無事中学を卒業し、高校はお父さんと同じ姫路工業高校を選びました。その間、心不全の出現で、姫路日赤に入院したこともありました。

 大学に進学することになり、下宿生活に大きな不安もありましたが、コンピュータ関係の知識が豊富であり、医療情報処理に強い関心があったために倉敷市の川崎医療福祉大学の医療情報学科に進みました。毎月1回は私たちのクリニックに通ってくるという生活であり、少しでも体調が悪いと私のコンピュータにメールが届いて相談もしてくれていました。
 彼は診察に現れるたびにいろんな提案をしてくれました。障害をもった人たちの 医療や日常の療養に対する問題点を解決するためのネットワーク作りや、病院にかかりやすくするための方策などを熱っぽく語ってくれました。私たちの日本ホスピス在宅ケア研究会の全国大会には、岡山大会でも横浜大会でもプレ大阪大会でもいつも彼の姿を見たものでした。
 そして、大学4年間が終了しようとした時、彼はざまざまに進路に関して思案を巡らせたようですが、最終的にご両親を説得して大学院に進む決意をし、見事に合格したのでした。カルテなどの診療記録の電子的な管理システムの改善にも強く関心を持っているようでした。 その彼が、11月24日、突然にその激しい生の歩みを止めてし まったのです。大学に顔を出さないことを心配した友人が彼の下宿を訪れて判ったことでした。その翌日には、浜松での学会に出席する予定だったとのことてした。 別れはこのように突然にやってきたのでした。私たちのクリニックではその後もずっと彼の姿や人生への情熱について話題がつきませんでした。そんな時に,彼と親しく心を通わせていた女性・浜口奈弓さんからのお便りが来ました。そのメールをちょうど診察に見えたおばあちゃんに差し出しますと、「知之にこんな女性がい てくれて……嬉しい……」とその手を震わせて読みいって下さったことでした。 そして更に、大学の図書館勤務の片岡美佐江さんからもメールを頂き、彼の人柄 をしのんで大学構内に花みずきが植えられ、また、彼のために「思い出集」が編纂 されることとなったようなのです。

 私たちにとって「花みずき」は特別な意味合いをもつ樹木です。 私が心臓外科医として京都の大学病院で駆け出しの頃に病棟の窓外に眺め、その名前を入院患者さんから教えて頂いたものでした。その後、米国ワシントンのポトマック 河畔に植えられた日本からの桜と交換されて日本にやってきたことを何度も読みま した。
 不思議なことに私の妻も学生時代に東京へ出て、寮の庭にこの大木があって、その名前を知ったのだという。そして小石川の植物園や私が第1回目の学生時代を送った調布市の神代植物園でもこの木を印象深く見たという。今考えると、もしかするとそれは、あの日本からの桜の木の返礼として1915年にアメリカ使節団と一緒にやってきた40本の原木のうちの1本だったかも知れないともNHKの特別番組を見ながら考えたものでした。
 米国留学の2年間を終えた時に、アメリカ大陸の西部・ユタ州ソルトレイクをスタートして、当時小学生だった二人の娘を交えた4人家族で26日かかって東端のボ ストンまでドライブ旅行をしました。 ニューヨーク、ワシントンと抜けて南下した アパラチァ山脈のなかにある11月のシェナンドウ国立公園を走り抜けるとき、全山が黄金色に輝く中で、ひときわ濃紅色に色付いた野生の花みずきの群れと対面し たのもなつかしい思い出です。 その後、帰国して姫路で生活を始め、昭和61年にクリニックを開業して以来、機関誌「花みずき」は患者さん方との話し合いの場であり、私たちの活動を導く道しるべの名称となりました。患者さんの会も今では、かな習字、水墨、手話、コンピューター教室と次第に広がってきましたが、その会の名称が「花みずきの会」 です。 そして、つい3月に新しい「花みずき」の建設が始まったのでした。それは痴呆 性高齢者の生活の場『グループホーム花みずき』、10月には27名の生活者を迎え て活動を開始する予定となっています。

 その「花みずき」が、梅津君の人柄とその活動、そして多くの友人たちのお心添 えで川崎医療福祉大学の構内に息つくこととなったと知り、感激に胸が震えます。 梅津君の冥福を祈るとともに彼の残した足跡をたどりたいと思います。 以下に、皆様からのお便りを許可を得て掲載させて頂くことといたしました。

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