機関誌「花みずき」

残念ながら、お別れです

院長 大頭 信義

◇残念ながら、お別れです
 11月には、私も80歳を迎えます。まだまだやれると思っていましたが、往診先で、2階、3階に階段を昇っていきますと、足元が頼りなくなってきました。
 深夜の出勤もこたえるようになってきました。まだまだ、と張り切って在宅療養に取り組んでいく心算でしたので、甚だ残念ですが、後継のDrに委ねることと致しました。

◇国立姫路病院時代からのお付き合い
 外来の患者さん、そして在宅の患者さんやそのご家族とも国立姫路病院時代 からの長いお付き合いの方々が沢山おられます。そんなご縁で、外来にも時々ではありますが、はるか宍粟郡の山間からお見えの方もありますし、往診先は、北は福崎や前之庄、東は大塩や白浜方面へも出向いて参りました。 そんな次第で、クリニックでの診療形態は基本的に、午前中は外来、午後は往診、という形でやって参りました。しかしながら、往診先での行動に自信がなくなってきたので、残念ながら、引き時かと判断した次第です。

◇ハナミズキの導き
 私にとって、最初のハナミズキとの出会いは、28歳の頃、 京都大学を卒業してすぐ外科学教室に入局した時に遡ります。ツタが軒下まで生え昇っている「由緒ある」病棟でした。毎日、先輩の後ろについてベッドサイドを巡って患者さんの様子を見回っていくのですが、その新緑の頃、窓外でひらひらと真っ白い蝶々のような花びらを揺らせていたのが、初めて見る軽やかな姿のハナミズキでした。先輩とと もに連日の徹夜に近い生活のくたびれた眼に、実に清楚な姿でした。そして数年後、米国に留学しその修了記念に、家族で米大陸を西から東海岸 まで26日かけて横断のドライブ旅行を敢行しました。最後のドライブコースとなった東海岸のワシントン市郊外の山裾で、真っ白いハナミズキの群生の下を 走破し、実に新鮮な爽快感を味わったのでした。
 そんなこともあって、その後、昭和61 年に開業して自分のクリニックの機 関誌を発行する時、迷わず「花みずき」と命名したのでした。続いて開設した 認知症の方々のための介護施設も、「花みずき」と命名して、現在も土曜日の午後になると、私はそこで生活(?)しています。

◇様々な話題、テーマを
 「花みずき」に取り上げたテーマは、実に多岐にわたりました。日常的な循環器系を始めとする疾患の話題、在宅療養の課題、医療や介護制度のこと...。 「自分の心電図を携帯しよう」(平成4年2月号)、「健康食品を利用してい ますか」(平成3 年2月)、「動脈硬化の進行を止める」(平成元年10月)、「在宅看護と看護婦」(平成元年7月)、「さまざまな終末期」(平成元年5月)、「がんという病気をどのように話せばよいのか」(平成5年8月)、「どれくらい眠っていますか」(平成25 年10 月)...等々。

◇さらに、多数の読者の参加が
院長 大頭信義 そしてさらに嬉しかったのは、「花みずき」が患者さん方の間で快く受け入れられたのか、 読者からの投稿が始まったことでした。スタッフの投稿も時にありましたが、幸いなことに、読者からの投稿が続き、あまり強く依頼しなくても、患者さんやそのお友だちの皆さんが、続いて書いて下さいました。中には、連載の執筆者も増えてきました。
 中身の原稿だけでなく、表紙の題字や表紙絵などを自ら進んで投稿して頂いたのも嬉しかったことです。皆さんがお持ちの特殊能力に驚きました。また、特筆すべきだと思うのは、この「花みずき」の編集にあたってくれたクリニツクの受付の畝京子さん、山脇美奈子さん姉妹、そして看護師の植松昌美さんの力です。毎号、締め切りに間に合うように原稿を集めてタイプし、編集、出版社とのやり取りをやり遂げてくれました。改めて、これらの皆さんに心よりお礼を申し上げる次第です。

◇今後は一体、どうなるのか??
 幸運なことに、優れた後継の医師が現れてくれました。これまで、神戸の神鋼記念病院の循環器内科部長として活躍して来られました、開發謙次(かいほつけんじ)先生です。開發(かいほつ)先生は、姫路市のすぐ西隣の太子町のご出身です。ご尊父は太子町で開業して町の医療を中心的に担ってこられた方で、私も国立病院勤務医の時代に、何人かの患者さんを巡ってやり取りしたことがあります。先生は、この11月、12月はクリニックの一員として私と一緒に行動しながら、患者さんやスタッフとも慣れていっていただきたいと、念じています。
 このような次第で、「花みずき」は休刊となります。また、体制が整いましたら、復活する可能性もあります。
 なお、週2回診療をしておりました精神科・心療内科につきましては、場所を変え、”いづみ心のクリニック”として、新たにスタート致します。

 想えば、昭和61年(1986年)に開業し、日本ホスピス在宅ケア研究会の理事長を20年余り務め、また短期でしたが、姫路市医師会の理事の末席にも名を連ねさせて頂きました。日常的には、クリニックの外来や往診先で、とても親密に話し合い、 他業種の皆さんとも連携を形作らせて頂きました。ありがとうございました。心より、御礼申し上げます。今後も、開發先生、スタッフー同をよろしくお願い申し上げます。