機関誌「花みずき」

バトンタッチ

姫路市御国野町 今後さん

トルコの空港で
 出国の時、審査官に止められた。夫や同じツアーの人達はスムーズに進んで行く。若い女性の審査官が2人にこやかに「♪ウシュクダラ♪を歌って下さい」と言っているらしい。英語なのでよくわからないが……。
 昔、江利チエミが歌って大流行した歌だから私も知ってはいるが、何で?
うながされて歌い始め、歌詞を忘れたところは、審査官の1人がいっしょに歌ってくれる。やっと1番を歌い終えた。
もう1人の女性はその間にボディチェック。金属性の棒のようなもので身体中をなで回している。
 一体これは何をしているのだろう。
 ああ、私の股関節に人工関節が入っているので怪しまれたのだ。バックの中から人工関節手術の証明書を取り出して見せたが、見向きもしないでもう一度「♪ウシュクダラ♪を歌って下さい」と言う。なんやこれ!と思ったが彼女が歌い始めたのでやけくそ。しっかりと歌ってやった。なかなか審査の終わらない私を見かねて、夫が引き返してきた。
 「お前、何しとんねん」
 「そやかて、歌を歌え言うて放してくれへん」
 夫が「妻は股関節の手術を受けて金属性の人工骨が入っている」と説明してくれた。やっと通じたか、美人のお姉ちゃん(失礼)2人はにっこり笑って許可を出してくれた。ほっとして、出発ロビーで待っていると、同じツアーで親しくなった3人組の女性が近づいてきて「今、何してはったん、歌を歌ってはったけど」と尋ねてきた。夫が事情を話すと「そうでしたか、お2人がいつも腕を組んではるので、このツアーの七不思議の一つやなあ、と話していたんですよ」夫が腕を組んでいる理由を付け加える。「スペインに行った時、同年代の女性から『奥様は失礼ですが、足元が危ういように見えるので、旦那様はサポートしてあげないと。私達は外国ではいつも手をつないでいます。冬は暖かいですし』と言われたから」と。「ああ、なるほど」と3人は納得した。
 日本の国内では奇異に見える姿だが、外国では老人達が手をつないでいるのは珍しい光景ではない。

股関節の手術
 私は左右とも股関節の手術を受けている。左は自分の骨で、右は人工関節。 まず、左脚。56歳の時、寬骨臼回転骨切り(カンコツキュウカイテンコツキリ)という舌を噛みそうな名前の手術(当時流行っていた)。私は50歳を越えているので少し遅いのだが、骨の状態からできるだろうということになった。術後は登山もできるし、再手術をしなくても一生大丈夫ということだったので、大いに希望が持てた。入院は4ヶ月。手術はうまくいったが、術後が大変だった。
 面会謝絶の札のかかった6人部屋は次々と手術を終えた人ばかり。夜になると苦痛で悲鳴をあげる人。耐えてうめいている人。看護師さんを呼ぶ人。まさに阿鼻叫喚の地獄だった。私は麻酔がよく効いて傷の痛みはなかったが、足を木箱に入れられ自由に動かせないようにしてあるので、ベッドに括りつけられたも同然。右足のきびすは2日目で褥瘡ができた。背中がきしむように痛い。1日1回、主治医の回診の時だけ、右を向かせてくれる。
 1週間程たって熱が下がり、点滴がはずされ、その後、尿をとるバルーンもはずれた。床上の生活は続いたが、ベッドの角度も上がり、楽になってきた。4ヶ月の入院が2ヶ月に短縮され、初めて大頭先生の診察を受けた日、先生が「おつとめご苦労様でした。娑婆の空気はどうですか」とおっしゃった時は、思わず笑ってしまったが、先生は入院生活というものをよくご存知だと思った。

リハビリテーションの効果
 入院中感動したことはリハビリテーションの効果と、毎日、勤めの帰りに見舞ってくれる夫。普段の生活からは考えられなかった。まだ床上だけの生活の時からリハビリは始まった。部屋に療法士さんが来られて腹式呼吸から始める。
次は、鉛のかたまりのように重い左足を、上げ下げさせる訓練。天井からつるした滑車で動かそうというものだ。自分の手で綱をひっぱったり、ゆるめたりを繰り返す。数日間の訓練の後、滑車もはずされた。
 ある日足を伸縮させる練習をしていた時、脚を上げてみると、すいっと上がった。しかも軽々と、なんの抵抗もなく。「ああ、上がった」と思わず叫んだ。同室の人が「よかった」と手を叩いて喜んでくれた。他の人達もそれぞれの課題を克服していたのだ。やっとストレッチャーに乗せられリハビリ室へ。大勢の人が訓練に励んでいた。私もその1人に加わったのだ。皆、良い状態に戻れるよう頑張っている。傍らには見守る療法士さん。