機関誌「花みずき」

年寄りは忙しいのよ

院長 大頭 信義

◇「年寄りは、忙しいのよ」
 診察室では、日常のいろんなことが、話題になります。
「でも、家事はほとんど嫁さんがやってくれるし、一日中閑でこまるんじゃない?」
「いえいえ、先生、全然違うわ、年寄りは忙しいのよ」「あれ?」

◇「忙しいこと」詳しく尋ねてみた
 年をとっても、色々とやることはある。
ご主人が健在な場合でも、身辺のこと、さまざまに手伝いが要る。下着が汚れないうちに替えるように気を遣う。診療所への送迎の便を息子の都合に合わせてちゃんと予定する。待合室で待っている間に、近くのスーパーで、ちょっとした買い物をしてくる。 
 年末が近づいてくると、昔ほどではなくなったが、ちょっとしたお飾りやら、神棚の準備もやらねばと思う。うわさを聞いて、神飾りの豊富なスーパーへも一度は足を運んでみる。
  こんな準備が一通りできると、ようやく新しい年をお迎えできる気分になるという。

◇手足が痛んでも
 こんな身体の痛みや、手足の不自由さについては勿論のこと、買い物に出かけにくいこと、その荷物が重くて難儀すること、あそこの店は、後で家まで送り届けてくれるので大助かりだということ、こんな耳寄りな噂にも気を配っておく。 
それでも、自分自身で買い物に行けるということは、実に有難いことだ。自分で商品を見て、手に取って傷んでないか調べてみて買うことは実に素晴らしい。
これが、自分では直接に買い物に行けずに、ヘルパーさんに頼む、必要なものをメモに書いて、嫁や娘に買ってきてもらう、となると、なんとなく満足しにくい、大事な楽しみを失ってしまったと辛い想いを感じざるを得ない。
そう、日々の買い物は、なんといっても楽しみのひとつなのだ。少々、腰が痛んでも、手足が不自由な事情があっても、ぜひ出かけて行きたいと思う。

◇ところが、時間がかかるようになった
 数年前は、こんなことではなかったと思う。とにかく、何をやっても、時間がかかるようになってきた。
昔は、他人より手早くやり終えることが、嬉しかった。自分の密かな自慢でもあった。ところが、時間がかかるようになった。普通に、せっせとやっているのに、時間だけはかかってしまう。娘に言わせると、とにかく動作がゆっくりしているという。
いや、そんな筈はないと思うのだが、なんか手間取ってしまう。余分なことをやってないのに、手間取ってしまうのだ。
  次の作業もやらなくてはならないので、自分ではせっせとやっているのに、不思議なことに時間がかかってしまうのだ。
これは一体、どういうことだろう。いつものようにやっているのに、そう確かに時間だけはかかってしまうのだ。
 ようく考えてみると、これは作業のスピードが落ちていると考えざるを得ない。今までと同じことをやるのに、時間がかかっているのだ。つまり、なにをやっても、これまでよりは、時間がかかることになってきたのだ。一つのことをやるのに、余計に時間がかかる、動作がゆっくりになって、時間がかかる。
 そうなのだ、同じことをやっていても、時間がかかるようになって、時間内にできることが少なくなってきたのだ。せっせとやっているようで、経過時間からみると、ボチボチしか出来ていないのだ。
  こんな事情が解ってみると、これは、年寄りの宿命だと思うしかない。時間をかけてやるしかない。
その代わり、丁寧な作業をするように、心がけてみようか。出来栄えを他人が評価するだけでなく、まず、自分が納得できるような作業としよう。
 年を取ってくると、繰り返してやり直しが出来にくくなってきているようだ。この今の作業をきっちりとやろう。やり直しをしなくていいように、きっちりとやろう。
 やっぱり、「年寄りも、忙しいのよ」